そのひぐらしのナマケモノ。

いつも、むしゃむしゃ。ときどき、むしゃくしゃ。

映画館デート

先日、男友達がこんなことを言っていた。

「映画館デートなんて男にしてみりゃ逃げ、やからなぁ。あんなん2時間黙ってみてりゃええだけやん。」

 

生粋の関西人である彼はとても弁が立つ。

序奏はあくまでもさりげなく、気分的に。できればここで、聞き手に主題を予想させるものを入れとくとなおよし。つづく提示部では主題を強調して。展開部では転調を効かせて装飾音符をたくさん織り交ぜながらテンポよく終奏につなげて最後はものすごい勢いで華やかに、、、ってまるでベートーベンのピアノソナタのような語り口で笑いをとっていくのだから本当に感心しちゃうんだけど。

「ああ、何もわかっちゃいない。あんた何もわかっちゃいないよ」、と心の中でつぶやく頃に会話はすでに第二楽章に突入していたりするんだ。

私は口から反射的「へえ。」を繰り返し、立て続けにはじまった関西弁という三連符とスタッカートだらけの「ベートーヴェンピアノソナタ・第二楽章」を聞きながら人生初のデートのことを思い出していた。

 

初デートに行ったのは中学生の時だった。本当に好きだったかどうかなんてよくわかんなかった。だけど少し年上の彼は東京で芸能活動なんてしちゃっている子で、ただの田舎者の中学生にとって、もうそれはそれはとてもかっこよかった。付き合ってる、とかそんな関係じゃなかった。ひょんなきっかけで知り合って、「今度、映画にいこ」って誘われた。学校も違ったから、約束を取り付けるのも大変だった。

やっとこさ日にちと時間が決まった2人きりの映画館デートは日曜日の10時、駅の改札口で待ち合わせ。私は家を出る前から死んでしまうんじゃないかっていうくらい緊張していて、それでもその日のために買ってもらったギンガムチェックのワンピースを着て、必死にポニーテールを作った。ポニーテールは自分で結ぶのが難しかったけど、手伝ってくれる人がいなかったから、何本も抜け落ちる髪の毛を見ながらひとり鏡の前で格闘した。とてもよく晴れた夏の日だった。身支度ができたころにはもう全身汗だくで、恥ずかしさと暑さで溶けてなくなりそうだった。

 

バスにのって待ち合わせ場所に向かった。15分も早く着いちゃったんだけど待ち時間をつぶすためにどこかでぷらぷら、なんてそんな余裕のある行動なんてできるわけもなかった。時間をつぶす前に、時間に押しつぶされそうだった。

15分後、電車から降りてくる人の集団を見て、とっさに駅構内の柱の陰に隠れてしまった。もういてもたってもいられなくって。今だったらスマホを覗いてるフリなんかもできたかもしれないけど当時そんなもん持ってなかった。

「よっ!」と声がして振り返ると、少し緊張した顔の彼がいた。

 

映画館までの道のりは、お互い一言も話さなかった。何を話していいのかわからなかったし、なにしろ共通の話題なんてなかったから。

 

映画館までの20分間、ひたすら黙って歩き続けた。

やっと映画館に到着したころには暑さと恥ずかしさと困惑でもうぐしゃぐしゃだった。

 

そんな時、映画館のひんやりとした空気と大勢の人の笑い声と、ちかちか光るカラフルな色、ポップコーンの楽しそうなにおいはとてもとてもとても優しかった。

 

そんなにぎやかさに後押しされるようにしてやっと彼が口を開いてくれた。

「なんの映画みる?」

「うーん、くまさんのやつ。」と私。

「そっか、じゃあくまさんのやつみようか。」と彼。

その日初めての会話だった。

 

映画の最中、暗闇の中で私はその日初めてまじまじと彼を見た。映画の予告を見ながら、

「あ、これ面白そうだね。また見にこようね。」

って話しかけてくれた。「また」という言葉が目の前でぷかぷか浮いて、くらくらして、なんて返事したらいいかわからなかったけど、次の予告がそれをあいまいにしてくれた。映画館の暗さと大音量で流れる予告に、また救われた。

 

映画の内容なんて何一つ覚えていない。だけど映画が終わった後、映画の半券で1回分無料になるUFOキャッチャーで、くまのぬいぐるみをとってくれたの、覚えている。1回じゃ取れなくて、結局5回分くらいお金払ってとってくれた。ゲームセンターのガチャガチャした騒音にかき消されないように大きな声で笑った時、大きな声で笑ってる自分たちに驚いた。

そんな初めてだらけのデートだった。

 

それ以来、私は映画館に存在するありとあらゆるものは、恋において良き効果をもっていると確信している。

 

「ねえ、言葉がでてこないくらいそわそわするデートって、素敵じゃない?

そういうとき、映画館ってとってもいい場所なのに。」

 

って言おうとしたときに第二楽章はすでにフィナーレだった。